「あのこは貴族」(山内マリコ著)読了

日本の階級社会は「斜陽」どころか、どっこい今も生きている…そういう階層社会の内向きで隠微な排他性を軽いタッチで描くフェミニスト小説。

まず、読者を次へ次へと誘い込む作者の語り口のうまさに感心する。

三部に構成されていて、第一章は、東京の富裕層の中心にある華子の苦心惨憺の婚活と同じ階層の薫り高い幸一郎との出会いまでの不安定な紆余曲折。第二章は、地方出身者で慶応大に進学した美紀が疎外感と出自への忌避の狭間で東京色に染め上げられていく相克の物語。そして第三章は、そういう二人が幸一郎を巡って出会うはずのない邂逅となる。

小気味よいブランドの列挙でその人物のごくごく表面的な性格や環境を軽やかに描くという手法は、おそらく田中康夫の「なんとなく、クリスタル」が始めたことだろうと思うが、この小説の第一章でも快調そのもの。

けれども作者自身の正直な心象は、第二章の美紀のほうにあるのだろう。田中流のブランド小説に終始しないのは、そういう東京に疎外感を持ちながらも風俗の世界に堕落しそこから這い上がってきた美紀を、「どこか憎めない」富裕層である華子や幸一郎と対比させているからだろう。

そのコントラストを、緊張へと導かずに宥和的なハッピーエンドにしてしまうところが、女性読者を意識した今風の軽みなのだろうが、プロットとしてはいかにも甘い。ストーリーがその二人とその仲介者ともなる逸子との間に結婚や仕事といった女の生きがい《論》となってしまう。なんとなくネッっぽい会話を少しだけ理屈っぽいやりとりにして、それで終始するのも、あるいはこれも今風ということだろうか。

東京にもこと細かな住所や狭い地域、学歴、親の職業などで実に些末なまでの区別を伴う自意識がある。そこにうごめく意識や同調感覚あるいはその逆の孤独感などを巧妙なまでにえぐり出すといった小説を期待して手にしたが、その期待は満たされなかった。その原因は、あくまでも作者の視点がそういう東京の「外部生」のものにほかならないからなのだろう。

あのこは貴族

山内マリコ

集英社